三重県議会議員(志摩市選出) 中嶋としき 活動報告:雑感もろもろ:末松充生先生、安らかに・・・
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末松充生先生、安らかに・・・

雑感もろもろ|07/10/08

 三重県議会第90代議長・末松充生先生が10月6日の早朝に亡くなりました。私と同じ会派に所属する末松則子県議のご尊父です。体調が悪く入退院を繰り返していたのは存じ上げておりましたが、享年63歳という若さでの訃報に驚きを禁じえません。末松充生先生のお通夜が今夜鈴鹿市で営まれました。

 末松充生先生のご冥福を心からお祈りいたします。

 末松充生先生とは、私が平成3年に県庁へ入庁してから存じ上げておりました。先生は昭和58年に初当選ですので3期目になられたばかりのころです。

 「いつも怒っているようで怖いなぁ・・・」というのが第一印象でした。広報課だった私は「充生」先生のお名前を最初「みつお」先生と思っていて、「みちお」先生とお読みすることをご指摘いただいたのが最初の出会いだった記憶があります。

 その後、商工振興課へ異動した際(だと思いますが)に末松先生の質問がありました。それは「広島県はマツダの車を率先して購入しているのに三重県は取組がない。バイ・ホンダ(buy Honda)運動を進めるべきだ」という提案でした。今でいう「地産地消」の観点まで含めた質問をいただき、私が答弁を書かせていただいた、これも思い出深いものがあります。

 議会改革にも非常に熱心でした。高校・大学と同級生だった北川前知事の3年目(平成9年)に議長になられた末松充生先生。知事に先駆けて議長交際費の公開に踏み切ったのも末松議長時代でした。

 ジャーナリストの細川珠生さんが当時の北川改革と三重県議会の改革をコラムにされています。
http://www.pm-forum.org/kiso/tamao-takeoff4.html

 この中にも末松議長にふれた箇所があります。

<以下、引用>
 末松氏は、議会改革の原点は、「議長自らが変わること」であるという。
 「特権を捨て、裸になる。この勇気がなければできない。」
 国会改革も叫ばれて久しい。国会議員にもぜひ聞かせたい言葉である。
<以上、引用>

 いま、県議会議員をさせていただいている私たちも肝に銘じなくてはならない言葉だと思います。

 最後に充生先生とお会いしたのは県議会議員にならせていただいて2年目のとき。私たち自民党1期生が鈴鹿市で「どこでも討論会」を開催し、そのあとの打ち上げ会場に奥様ともどもお出でいただきました。私自身とても緊張していたのですが「志摩の中嶋です」と申し上げると「西尾先生(西尾文治元議長・故人)は元気か?」とやさしい口調で尋ねられました。

 そのあとは前述のお名前を読み間違えていたことをご指摘いただいた出会いや、バイ・ホンダのこと、議会改革のこと・・・などいくつかお話をさせていただきました。

 充生先生からは最後に「則子はもっと勉強をしなくてはいけない。則子とともに君ももっと勉強して立派な政治家になりなさい」という趣旨のお言葉をいただきました。

 愛娘の末松則子県議のことを本当に心配し、その一方で政治家として厳しい指導をし、誰よりも応援していた充生先生。

 もっと私自身もご指導をいただきたかった、、、と思うばかりです。

 安らかにお眠りになられますこと、そして則子県議はじめご遺族の皆様を天国で温かく見守っていただけますようお祈りいたします。